著者情報
大杉宏美
特定社会保険労務士 / 行政書士 / 医療労務コンサルタント / キャリアコンサルタント / ファイナンシャルプランナー
医科歯科クリニック専門大杉宏美の社会保険労務士事務所「クレド社会保険労務士事務所」代表。株式会社クレドメディカル取締役。
・クレド社会保険労務士事務所
医療業界専門の社労士事務所です。医療機関に特有の労務問題に強く、相応しい就業規則や変形労働時間の提案などを行っています。
・株式会社クレドメディカル
医療機関の経営コンサルティングの会社です。
概要
医師は医療に関しての専門家ではありますが、人に関する専門家ではありませんので、人の問題(労務問題)に関しては無頓着な医師経営者が多いのが現実です。
医業は4大経営資源(人・物・金・情報)の中でも特に人をベースとした事業になり、人の管理(労務管理)は経営を行う上では重要な要素となります。
しかし、労務に関する関係法規やガイドラインを知らずに、知らず知らずのうちに法律違反を犯していたり、それをスタッフに訴えられたりすることは大きなリスクとなります。このようなリスクを避け、うまく人を管理することで良い経営につなげていくための注意点を学べるのが本書の最大のメリットでしょう。
貴重な時間やお金を失い、さらには心身を削るような経営を行わないためにも最低限の労務知識を入れることや、ありがちだけどもやってはいけないケースを学んでおくことは重要です。
やってはいけない労務問題を放置するリスク
本書前書きで書かれている内容の多くは、開業している先生にとって「あるある」なことが挙げられています。
- 残業代は合っているのか?計算方法はどうなっているのか?
- パートの有給はないの?
- 指示を受けて行った研修なのに時給は出ないの?
スタッフから出てくる労務に関する質問ですが、忙しい先生はこのような問題をうやむやにしてしまう傾向にあります。
結果的には、本書の言葉を借りると、「・・・火の残る吸い殻のよう。じわじわと炎を上げずに燃え続け、長い時間を経て一気に発炎します。」
とくにインターネットで情報を得やすいこの時代においては、違法性や告発方法も簡単に調べられてしまいます。スタッフからすると「このクリニックは法令は守らない雇用主である」と皆に知らせることは正義の行為と考えますので、結果的にはスタッフの一斉退職や労働基準監督局の立ち入り検査など、割に合わない大事となっていくのです。
朝礼やお昼の研修時間は賃金が発生する
例えば勤務開始時間が9時のクリニックで8時50分から朝礼を開始するクリニック、またお昼休みに弁当を食べながら研修を行うクリニックでは、勤務時間とせずに賃金を支払っていない場合が散見されます。
研修の際に弁当を支給していても、賃金は「通貨で」「全額を」支払う必要があります。
年次有給休暇はパートでも発生し自由に取得させる必要がある
とくに週1日のみの勤務の医師やスタッフでは忘れられがちですが、有給休暇の付与対象となります。
少ないスタッフ人数でクリニックを回している場合は自由に有給を取ると支障が出てしまうような場合がありますが、このような時に役立つのが「計画的付与」という制度です。
労使協定を締結することで、有給日数の一部(年次有給休暇のうち5日を超える部分)をクリニックの方から有給取得日を指定することが出来ます。例えば、院長の学会参加日を計画的に有給とすることができます。(※労働契約や就業規則ですでに定めている休日を計画的付与の対象とはできない)
就業規則規則や明確なルールを作る
スタッフが全員分のタイムカードを打刻することや、退勤時に全員が作業を終えるまで待つ独自ルールが勝手にできている場合があります。
また、ルールが無くその都度誰かに聞いて確認する状況では判断をする人によって基準が異なるためスタッフによっては不公平感を感じてしまいます。
明確なルールを設定し伝えることは経営者がきちんと管理しなければならないことです。
就業規則と雇用契約書の条件が異なる場合はどうなる
借り物の就業規則や雇用契約書を使用した場合によく起こることです。
そもそもですが、就業規則や雇用契約書の作成は整合性を考えて慎重に作成しなければなりません。
雇用契約書に書かれた条件が就業規則と異なる場合は、
- 就業規則より(労働者にとって)不利な条件は就業規則の基準
- 就業規則より(労働者にとって)有利な条件は雇用契約書の基準
となります。
違法な労働時間を解消し残業手当を削減する方法
法定労働時間を超えた残業や割増賃金への対処のために36協定を締結、届け出することを勧めています。
働き方によっては変形労働時間制を活用することで法定外労働時間を減らすことが可能になる場合があります。
平日休診やレセプトなど特定のタイミングで労働時間が長くなるクリニックには特に「1か月単位の変形労働時間制」がお勧めです。
クリニックのベクトルを定めコミュニケーションをとる
院長は経営者という立場からクリニックの経営に目線は向いていますが、スタッフにとってはクリニックは勤務先の1つでしかありません。
立場の違いで価値観は異なるので、院長は経営理念を唱えコミュニケーションをとっていく必要があります。
コミュニケーションの基本は相手の話を聞くことです。頭の回転の速い院長は、スタッフの話しを聞いている途中で結論を述べて遮ってしまうことが多いでしょう。これはコミュニケーションとは言いません。スタッフは心の内を分かってもらい共感してもらうことが大事だと考えています。
まとめ
診療も経営もマネジメントも1人で行う院長では必ずこかで歪みが発生します。
歪みは自信のみならず家族やスタッフ、患者さんにも影響を与えています。
開業前に抱いていた大いなる希望や理念をじつげんするまえに疲弊してしまっている院長がとても多いのが現状です。
クリニックは人のビジネスであるため、どうしても人にかかわる問題(労務問題)は発生しやすいものです。
病気と同じように、問題が起こる前に予防的対処をするのが最も効率が良いものです。
まずは本書のような労務に関する教科書をインプットしておくこと、予兆が見られた時に相談できる顧問社労士が居るという状況を作っておくことが重要なことでしょう。
顧問社労士が給与計算をするケースも多いため院長先生にとっては社労士は給与計算をしてくれるの業者という認識の場合がありますが、労務全体のプロフェッショナルであるということを忘れず積極的に力を借りていくことをお勧めします。
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