著者情報
新城拓也(しんじょうたくや)
しんじょう医院 院長
日本緩和医療学会緩和医療専門医
1996年に名古屋市立大学医学部卒業後、脳外科領域に進んで1年と数か月で内科に転向、その後緩和ケアに魅力を持ち2002年に緩和ケア領域(ホスピス)へ進むため兵庫県神戸市の社会保険神戸中央病院(現JCHO神戸中央病院)緩和ケア病棟に勤務しました。
2012年にしんじょう医院を開業しています。
しんじょう医院
概要
著者は脳外科医から内科医、そして緩和ケア医へと自身のキャリアを変更していますが、キャリア選択時の自分自身の考え方の描写も本書中には多く記されています。
キャリア選択を経るにあたり、著者自身の人生観や医師観について見つめ、「小商い」(本書にこう記載があります)というスタイルを最終的に選んでいます。
今あるクリニック開業本の多くは開業を成功させるために「患者をどれだけ集められるか」「組織・人材マネジメントをどのように行うのか」「税務をどのように行うのか」「どれだけ効率よく経営を行うか」などのノウハウに焦点が当てられています。
本書のタイトルは「超・開業力」ですが、「開業する目的は何のため?」「医師としてどうありたいか?」「ライフスタイルはどうしたいか?」という点に多くのページを割いており、経営ノウハウ以外にも医師として気づきの得られる著書だと感じられました。
ですので、開業を考えている医師、キャリアに悩んでいる医師も深くないように入り込めるのではないかと思います。
もちろん、在宅医療クリニックの経営を行うにあたってての具体的なノウハウはふんだんに盛り込まれているので、すでに開業している方にとっても参考になる内容です。
また、実際のノウハウの画像が多い本なので、すぐに活用できるイメージが湧くでしょう。
勤務医希望だった著者が開業に至る経緯
著者は元々は安定志向で勤務医を継続することを希望していました。経営や管理などは行いたくなく、医療に専念したい気持ちが強い意志でした。
この考え方は勤務医時代に出会う訪問看度ステーションの看護師との出会いでもよく表れています。訪問看護ステーションの看護師に対して「僕を雇ってください」言っているくらい、自分で経営することを拒んでいるのです。
このような著者が開業に至ったのは、上記訪問看護ステーションの看護師と共に東日本大震災の救援に参加したことや「小商いのすすめ」(平川克美著、ミシマ社、2012)という本との出会いがきっかけだったようです。
開業にあたっての工夫
クリニックの構造や診察室のハード面
可動式のパーテーションの利用、デスクの形など自身の診療へのこだわりを入れるとともに保健所対策を行うためにどのような工夫を行ったかが記されています。
5km以内で半日4人の訪問スケジュール
がんの末期患者で丁寧に診察を行うためには半日に4人くらいが適切という結論に至ります。
また、移動距離が長い炉時間がかかるため仕事が雑になりかねなかったり、物品を取りに帰るなどのイレギュラー対応が難しく中途半端な対応にせざるをえなくなってしまいますので、開業からしばらくは5km以内にとしており、これは先輩の助言でもあります。
集患のための広告宣伝費は極限までゼロに
患者は紹介、著者の人脈、口コミ、共働する訪問看護ステーションからの依頼のみで割り切っています。
少数の患者を大事に診るというスタイルにすることで、医師としての医療の質ややりがいを保っています。
【本ブログ著者より一言】
これは著者の「小商い」の大きなポイントでもあるかと思います。
多くの開業医はたくさん集患したいと思うのですが、本著者はそうは考えずあくまで自分自身の診療スタイルに合う方のみを診察するとともに、自分が満足できる医療を提供するというバランスを保っています。
これは後に述べる「小商い」についても大きく関係しています。
1000万円予算開業のための経費内訳
著者は1000万円を予算とした開業を目指しました。そして運転資金も合わせ1500万円の借り入れを行っています。これは保険請求の仕組み上2か月かは保険収入が得られないためです。
また、自宅のローンや教育費などがある著者の預金を使い預金が底をつくリスクをとるよりは、あえて借り入れることを選んでいます。
開業費の内訳も具体的に記載があり、工事28%、電子カルテ15%、医療機器9%、自動車15%、家具備品10%、医師会23%などと記されています。
またそれぞれの詳細についても具体的で実践的な記載がありますので開業する医師にとっては参考になるでしょう。
看護師はあえて採用しない人材戦略
著者は事務員を2名のみ採用しています。しかもその事務員は医療事務の未経験者です。
選んだ基準は「著者との相性」です。事務員を2名にした理由は、一人が倒れても継続する職場にするためです。
何も知らない人を新たに採用するよりは自分の信頼のおける人に医療事務のスキルを身につけてもらう方が良い仕事ができると著者は考えています。
医療事務のスキルは採用後に専門学校に通ってもらうこと(もちろん著者が授業料を支払っている)や他のクリニックの見学をおこない学ぶことで解決しています。
看護師は自院では雇わずに協働する訪問看護ステーションの看護師に頼る(もちろん往診には付いてこない)ということで割り切っています。そのため、訪問看護ステーションとは週に1度カンファレンスを行うことでコミュニケーションの質を上げています。このカンファレンスには訪問薬剤師も参加しています。
看護師の「雇用なき連携」により水平な関係を保ち、新しい可能性を見つけています。
売上5000万円に留める小商いスタイルと税制優遇
著者は自分の医療を満足なものにするためにあえて小商いというスタイルをとることにしました。そのために必要となるテクニックを作り出すことで小商いを実現しています。
この小商いスタイルには税制面でも優遇があります。
租税特別措置法第26条というものがり、5000万円未満の売上の保険収入クリニックは収入に応じて経費金額を自動的に計算できるのです。この経費の金額は通常は十分なものです。
経費が自動的に決まるということは、領収書の管理や無理な節税に取り組む必要がなくなるので、心配事や書類仕事が大きく減ります。
節税の参考情報
【書評】『開業医・医療法人 すべてのドクターのための節税対策パーフェクト・マニュアル 増補改訂2版』 税理士法人 和 社会保険労務士法人 和
その他のテクニック
往診バッグの中身、緊急自動車への改造、訪問薬剤師を物品のロジスティクスにする、ITの利用、24時間対応への工夫など様々なテクニックが画像と共に記されています。
まとめと感想
著者はこれまでにあまりメジャーとはなっていなかった「クリニックの小商い」により、自分のQOLと医師としての理想の両方を実現しています。
本書中には次のような表現があります。
「本来、人は時間を自分でデザインできるのです。そして作り出した時間をどう過ごすかは、どう使うかは自分次第です」
著者は空いた時間で執筆活動も精力的に行っており、仕事と生活を楽しんでいるのだと感じられます。
とにかく患者を増やして、分院展開をして・・・というのが独立開業した医師の理想のように見られる昨今ですが、著者のような考え方も一つ大事な視点と感じました。
とくに、「開業したけれど、理想の医療にも理想のプライベートに近づけない」「開業したいけど経営や管理については最小限にしたい」という医師にっとては、一つの考え方として見てみるのも良いかもしれません。
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