【書評】『患者は知らない 医者の真実』 野田一成

患者は知らない 医者の真実 営業/マーケティング

著者情報

野田一成

本書の著者は元NHKの記者であり、その後医学部に編入学してから医師になったという興味深い経歴を持っています。
茅ヶ崎徳洲会総合病院(現・湘南藤沢徳洲会病院)で研修医を過ごし、その後、東京警察病院などを経てベトナム、ハノイのVINMEC INTERNATIONAL HOSPITALで診療を行っています。


呼吸器内科が専門。

概要

著者は医療の現場に立つ前にNHK記者として、社会経験があることから、医療と一般社会の両方をバランスよく見ており、医療に関する問題を多角的な視点で捉えています。

また、医師を目指した動機としていち一般人からみた「医療不信」があるとも述べられています。

医師側、患者側から見た医療の現場について分かりやすく記し、現場の問題の原因などについて具体的に書かれているため、医師をはじめとした医療従事者だけでなく、患者やこれから医師を目指す人、医学生や研修医などこれから医師のキャリアを築く人など多くの人にとって興味深い知見が得られることと思われます。

健康を願う患者と治療したい医師の「相思相愛」のはずが

本書は、医師と患者の間に存在するコミュニケーションの問題や不信感を解消するために、両者が互いに理解し合うことを大きな目的としているように捉えられます。

患者さんには難解な医療の専門用語や、診察の短さなどから生まれる不信感、医療費の増大など、日本の医療が抱える問題を浮き彫りにし、より良い医療を目指すための提案がなされています。

特に医師の具体的な1日を記し、その多忙な1日の間の限られた時間で、患者さんに対応することの難しさについて触れています。

病棟の状況把握、検査等の指示、外来、救急対応、委員会、研修医教育などがぎゅうぎゅうに詰め込まれています。そのため、患者さんには外来の待ち時間が増えたり、診察が短くなったりするということが起こります。

著者は「医師の頑張りと患者さんの忍耐がギリギリのバランスを取ることで、こうした診療が何とか成り立っているのが現状」と記しています。

医者が世間知らずになるのはなぜ?

学生のころから医学部生は多くの場合、大学病院に近い専用のキャンパスで学生生活を過ごすため他の学部の学生と知り合うことが少なくなり、サークルや部活動やその大会も医学部独自となることも多いです。

また、大学病院のピラミッド構造(組織の医師を末端まで伝えることが出来るという点では優れた組織体系だが)により自由な意見ができないことも多いようです。

結果として、自分の知らない世界を覗き見る機会に恵まれず、隔離され画一化された環境のため医師は世間知らずとなっていく傾向があります。

優秀な医師は場数で決まる

総合的な診療をどの医師でもできるようにするため始まった新研修医制度では卒後の2年間は初期研修医という扱いになり内科や外科、産婦人科など複数の診療科を回るスーパーローテートを行っています。

スーパーローテート方式は広い診療科を経験できる一方でどの診療科でも表面的な研修しかできないということです。

よって実際に診療の場数を踏めるのが研修後となるのですが、著者個人的な意見として、医師の優秀さは駆け出しのときに大勢の患者さんを診療し場数を踏んだかで決まると記しています。

患者さんの病院へのかかり方

博士号は「足の裏の米粒」

医学博士という宣伝記載があっても、患者さんにとっては必ずしも意味があるものではありません。

博士号は「足の裏の米粒」と例えられることがあり、「取らなくても良いが、取らないと気になって心地悪い」。さらに「取っても食べられない(食べていけない)」という意味が込められてるようです。

つけ届けはかえって診断に関わる重要な判断を狂わせる要因となる

患者さんが医師につけ届け(金銭などを渡すこと)を行うことがありますが、医師はつけ届けに対してネガティブな考え方を示しています。

つけ届けにより、本来対等でなければならない医師と患者のバランスが崩れてしまい、医師側に「借り」ができたように感じられてしまいます。

この 「借り」に引っ張られることで医師は適切な判断ができず、結果として、本来であれば必要のない入院や投薬を認める可能性があるのです。

診断にかかわる重要な判断を狂わせる要因になるおそれもあります。

子は親はまだ元気と期待し、子の前では気丈になる親

子どもが親と離れて住んでおり、親の老いを把握できていないケースが多くあります。

親は子の前ではは気丈にふるまうため、本来の老いた状態が隠され、認知症の症状なども分かりにくくなることがあるようです。

著者は次のように記しています。

『心得ておくべきことは、高齢者の健康状態はあっという間に悪化し、たとえ一つの病気が治療できても、体力がもとの状態に回復する可能性は低いということです。これを知らないと、「数か月前はあれほど元気だったのに」と慌てることになります。』

『親が、どんな処置を希望し、何を希望しないか、元気なうちに話し合っておくことが必要です。』

『若い世代に性教育が必要なのと同様、超高齢化に直面するわれわれには「老年学の教育」が不可欠ではないでしょうか。』

『高齢化社会に国全体で対応するためにも、国は、社会に広く老いの現実を知ってもらう活動に深く関与すべきだと思います。』

ドクターショッピング問題「後医は名医」

患者さんを最初に診た医師(前医)よりも後から見た医師(後医)の方がより多くの情報が得られため、正確な診断に繋がります。また経過観察も治療のうちです。

【本ブログ著者より一言】

これは当たり前のことと思いますが、案外多くの患者さんがこの事象に対して文句の口コミを記し低い評価を入れているのが見られます。

Aクリニックに行ったら治らなかったが、Bクリニックに行ってもらった薬ですぐに治ったというレビューはよく見られます。

前医になってしまったクリニックの先生は仕方がありませんので、大切なことは患者さんにきちんと検査の方針や疾患の特徴など未来のことを伝えておくことで患者さんは安心し、後医に行く選択をとらなくなるしょう。本著者は次のようにも記しています。

『医師が少しだけ丁寧に、検査や病気の概要を説明すれば、余計な受診や医師に対する不信感が軽減できる可能性があります。また患者さんも受け身の立場をとらず、検査の概要や病気が今後どのような経過をたどるのかについて、説明を求めることが大切です。 医療は医師と患者の相互の努力や理解で成り立つものです。双方がそれぞれの立場から距離を縮める努力をする必要があります。』

まとめ

本書は、医療従事者だけでなく、患者やその家族にも非常に役立つ内容が詰まっています。

著者の経験と見識に基づいた冷静な分析は、医療の現状を理解し、医師と患者の双方がより良い関係を築くための一つのヒントを示してくれるように思えます。

医師は患者さんの考え方を理解すること、患者は医師や医療に対する心構えを学ぶことができるでしょう。

特に、著者の背景が医療以外の分野にも及んでいるため、医療の閉鎖性を打破し、広い視点から物事を見られる点が非常に魅力的です。

院長として自身のクリニックの経営に患者の意見として活かすのもあり、さらに広く今後の医療の在り方についての議論を促す良書であり、多くの人に手に取ってもらいたい一冊です。

著者はベトナムで診療を行っていることも記しており、日本だけでなく、国際的な視点からも医療を考える契機にもなります。

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