著者情報
來村昌紀 らいむらクリニック院長
來村先生の経歴は次のような感じのようです。
和歌山県の大学病院で脳神経外科専門医で手術や救命医療に関わる中、サブスペシャリティーとして頭痛外来を始める。その後漢方に興味を抱き千葉県で漢方の勉強をする。このときは数年で和歌山に帰る予定であったが、紆余曲折あり千葉県で頭痛と漢方のクリニックを開院する。
概要
開院時は当時非常勤先であった「あきば伝統医学クリニック」に出入りしていた地場の医薬品卸業者の開業支援を受けたとのことです。
本書の目次を見るとまず「2人だけのクリニック経営」というタイトルが飛び込んできます。
読者からするとかなり珍しいことをやっているなあと目を引きます。しかし、実は開業当初はよくあるクリニック同様、看護師1名、看護助手1名、受付事務2名に合わせて院長と院長奥様(バックオフィス、医療事務、看護師)の体制で始めています。経営をしていく中で結果として医師と奥様のみの形で営業することになったとのことです。
本書を読み進めると1日で約80名の患者を診察しているという記載がありますので、2人でうまく人数を捌けるような仕組みを構築しているということですからその方法は気になる点でしょう。
また、來村先生は脳神経外科の専門医です。この専門を活かして脳神経外科をメインに開業するとなるとオペ室やCT、MRIなどの大規模医療機器の準備などが必要になり数億円の初期投資が必要となることが多いものです。ですので脳神経外科での開業は大掛かりな開業になってしまい資金面で開業のハードルが高いとされます。しかし、來村先生は頭痛と漢方を武器にして当初は内科、外科、脳神経外科、漢方内科を標榜し開業しています。らいむらクリニックのホームページを拝見したところ医療機器はレントゲンはあるものの他は必要最低限の機器という印象を受けます。本書のタイトルにもある通り「小さな」クリニックの経営戦略というところで5千万円程度の借り入れで開業をしているとのことです。1億円以上の借り入れをして開業する先生が多い中これは借入金額が小さいと言えるでしょう。
開業当初のクリニックのスタンスとしては最初は内科外科など広く何でも受け入れますということで診療していたようです。そのためにモノやオペレーションを増やすことで割に合わないコストやストレスがかかってしまうためシンプルにするために頭痛と漢方に特化していったようです。
印象的な本文として次のようなものがありました。
「医師やスタッフが疲弊してしまったら患者さんに満足な医療を提供することなんてできない・・・医療機関がなくなることは地域にとっても・・・決してあってはならないこと・・・80パーセントの力で仕事をして、ある程度患者さんに満足していただける医療の提供を『継続』することが重要・・・」
年間151日休み営業利益を3,000万円出す経営術
結果的には年間151日休みながらも1年間で営業利益を3,000万円出すということです。
その手法について見ていきたいと思います。ポイントは以下の点でしょう。
完全予約制とICTによる自動化と効率化
午前午後の診療はそれぞれ4時間。午前午後で計8時間。30分で5人の予約枠+予備枠1人でこれでしっかりと予約を埋めれば80人以上は診察できる計算となります。
さらにICT、DX(デジタルトランスフォーメーション)による自動化を行っています。
予約システム
ホームページを拝見したところドクターキューブの予約システムを使用しているようです。
これは医療機関ではよく使われているもので、院内の予約用PCから予約受付し予約表を発行したり、オンラインで患者さん自ら予約することができるものです。
高機能な電話自動応答
後述しますがクリニックの電話対応は意外と難しいです。患者さんや取引先、行政関係など様々な問い合わせがあります。さらに患者さんでもアクセスや予約、予防接種はやっているかなど多種多様な問い合わせがあります。これらを「交通アクセスは何番」「予約の方は何番」というふうにしたところ人が対応しなければならない電話の数が少なくなり電話対応で多くの時間をとられていたスタッフは喜び業務効率が上がった。
筆者がIVRyという電話自動応答サービスを使用しているようです。効果の割にはリーズナブルで300件近い電話に応答してもらって3万円くらいの支払いということです。件数によって金額は上下するようですが2万円程度です済む月もあるようです。
POSレジと自動精算機
クリニックのお会計では現金の使用は避けられないと思います。そのため、毎日レジの締め作業というものが発生しますが、お金が合っていない場合、現金の数え間違えなのか、釣銭渡し間違えなのかなど何を間違えたのか色々な原因を点検することになります。これには時間もかかり、スタッフの残業も増え、何よりスタッフの責任となり皆が疲弊します。
POSレジと自動精算機を導入することでレジ締めがとても楽になりスタッフの残業もなくなったとのことです。
筆者はセミセルフ型の自動精算機で、スタッフが患者さんからお金を受け取る形のものを利用しています。大病院にあるフルの自動精算機では自動精算機の使い方を教えるスタッフが必要になることが多くこれを避けるためです。
CASIO POSレジ V-R200
富士電機 自動釣銭機 ECS-777 をしているとのことです。
古いクリニック経営観念からの脱却
來村先生は医師会に加入しているようですが、この地域の医師会の方からは営業日や営業時間について言われることはないようです。そのため來村先生は営業日や営業時間を変わった設定にしています。
午前診療8:00-12:00、午後診療15:00-19:00
少し早い診療開始時間、少し遅い診療終了時間という印象です。
休診日は火曜、日曜、第二土曜+イレギュラー休診日
加入する医師会の場所によっては診療曜日や時間を周りのクリニックに合わせないといけないような慣習があったりするようですが、街のクリニックが一斉に営業日や営業時間を合わせているようでしたら、全てのクリニックで休診のタイミングが発生するため患者さんにはかえって不便です。他のクリニックが診療していない時間(朝や夜)や曜日(水木など)に営業するのは患者にとってもクリニックにとってもメリットがあるということです。
職場環境とスタッフの幸せの重要性
次の一文が印象的でした。
「自分たちがすごくご機嫌で働けるシステムを作ってご機嫌に働けたら、それを見た人が「あそこで働きたい」と思ってくれる」
自分たちがご機嫌に働けるシステム(仕組み)を作り上げることはスタッフにとってもご機嫌に働けるものとなる。逆に言うと自分たちが面倒だと思ったりストレスに感じるような仕組みがあるようであればそれはスタッフにも当てはまるということです。スタッフにとってストレスな仕組みはスタッフの仕事のモチベーションを下げ、仕事の質の低下や離職に繋がるということです。
先に挙げた完全予約制やデジタルを使用したICTの仕組みを使うことはこの職場環境の改善にもなります。
医療従事者の健康と自由な時間が患者さんにとってもメリットとなる
次のような表記があります。
「スタッフも含めた自分たち自身の満足度があって、自分たちが心身ともに元気で余裕がないと患者さんに良い医療は提供できない」
「医療従事者は自分が元気でないと患者さんに優しくして良い医療を提供できません。そして残りの2割で進歩を続ける医療現場のことを勉強しないといけません」
職員が幸せに働ける職場環境であればそれが最終的に患者さんにも利益をもたらし、そしてそれが更なる収益につながると述べられています。医療という産業はとても労働集約性の高い(人件費率が高く人によって成り立っている)産業です。ですので、人(スタッフ)へのケアは非常に大事なことと言えるのでしょう。
クリニックの考え方を明文化することの重要性
また、次のような記載もあります。
「開業準備段階の時点で医療事務の女性が自分たちの待遇に異論を唱え・・・この女性は後々労働基準監督署にも相談し・・・」
小人数の事業所なので法的には就業規則を作る必要はないのですが、きちんとした就業規則を作ったとのことです。結果的にはスタッフは奥様のみになってしまっていますが、ここに関する重要性と反省点についても述べられています。
「就業規則がないと”あうんの呼吸とか、自分の人柄でスタッフはついてくる”といったような一昔前の感覚では、今の人は付いてこず、当初の私のように失敗すると思います」
「当院ではこういうことはこうすることに決まっている・・・明文化する必要があります。・・・後々に改正の余地を残しながらも・・・運営しながらブラッシュアップしていくことも大切です。マニュアルみたいな感覚・・・」
様々な指示を出していると何となく伝わっているでしょうとか、普通はこう思うよねという意識がどこかに出てきてしまうのですが、案外きちんと伝わらなかったり、どこかで自分がブレてしまいスタッフを動揺させてしまうこともあります。明文化されていればその明記の内容が正しいのでブレることもありませんし、伝わらないこともありません。
これはスタッフに対してだけではなく患者側にも行われているようです。次のような一文があります。
「自分のクリニックのルールを決めて、そのルールを守ってくれる人を診察する」
クリニックのビジョンや方針をしっかりと外部に発信しそれを理解してもらった上でクリニックに来てもらうということです。お互いに理解した上で来院いただけることでトラブルも減るのでしょう。
ビジョン、規則などの方針を明文化することは経営者にとってもスタッフにとっても患者さんにとっても重要ということです。
院長の一番の仕事は宣伝・広告である
地域の先輩先生への挨拶、医師会での活動など人のつながりを持つことは大事。お互いに患者さんを紹介しあうことができ医師にも患者にも多くのメリットがある。
また、ホームページ、SNS、YouTubeによる情報発信の重要性についても述べられています。
ホームページにはクリニックの方針や診療内容などが記され、WEB予約や問診表ダウンロードもできます。そして大事なこととして必ず1か月に1回はブログコラムを更新するということです。患者さんは案外こういうのが気になるもので、きちんと更新し継続していることでコミュニケーションに役立ったり、心象がよくなるものです。SNSも同様です。
YouTubeは広告宣伝用というよりかは患者教育の側面があるようです。どうしても診察の時間が限られるので、分かりやすいYouTube動画を準備しておくことで患者さんに見てもらうという方法です。時間がない中で適当に説明したり説明が省かれるよりもこちらの方が患者にとっても医師にとっても良いのかもしれません。
著者の経営や研鑽
以上のようなことが「がんばらない」経営に大事なことでしょう。しかし、筆者の來村先生は経営者として様々な勉強、努力をされて試行錯誤しながら運営を行っているという点も特筆すべき点でしょう。
医療経営大学
医療経営大学という経営塾のようなものがありますが、來村先生はこちらで勉強をされれいます。
同じ志を持つ医療の経営者と繋がったり、自分自身の課題や目標について報告したり評価をしてもらうことで自己研鑽をおこなっているとのことです。
医療経営大学については別記事でも記します。
識学
組織マネジメントに関する方法論です。來村先生は來村先生自身と患者さんに適用しているようです。
クリニックのリーダーでもある來村先生自身をブレずに感情に流されることなくマネジメントするため、そして、先にも述べましたが患者さんにもルールを定めることを行っているとのことです。
ミッションやビジョンの大切さ
これは多くのビジネス書や啓発書に書かれていることですので詳細は割愛しますが來村先生は「東洋医学と西洋医学を融合し、みんな美しく、元気で、笑顔に!!」をミッションとして掲げております。そして、「患者さんが頭痛や病気から解放され元気に生活できるようにする」というビジョンも持っておられます。
そのため、來村先生自身の診療では非力と考え、他者(社)とのコラボレーションも大事にしています。他社とは例えば製薬会社や健康スーパーなどですが、これらはある意味競合でもあるわけです。頭痛の患者さんが減ってしまったらクリニックの売上は下がってしまいますから。しかし、來村先生はミッションの方を最優先に考えます。競合(マーケティングの3C分析でいうCompetitor)を協業(Collaboration)と捉えミッションを実現していっています。
電話対応や受付業務こそはベテランの対応が必要
こちらは経営観やビジネス観ではなく医療現場の観点にはなりますが。参考になる点です。
來村先生と奥様の2人になってから來村先生自身も受付業務をやるようになりようやく気付いたことのようです。電話対応において、患者さんの困りごとの多様性、背景や目的を引き出す知識、医療的な判断などかなりレベルが高い。一般的な受付事務の方にとってはこれは非常にレベルが高くストレスも大きいのです。
よって受付事務への気遣いや、自動応答電話の導入に至ったのでしょう。
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