著者情報
高頭晃紀(たかとうあきのり)
介護保険制度が始まった2000年より以前の1998年から介護関連のシステム開発に携わってきた方で、介護施設の経営コンサルティングや講演活動も行っています。
介護福祉経営士、日本ケアコミュニケーションズ 客員コンサルタント、社会福祉法人虐待再発防止第三者委員を歴任
概要
本記事著者は医療施設と介護施設の経営支援を行っており、本書は「介護の生産性」に関するものです。本記事著者の経験上、医療に関しても本質的には同じことが考えられるため大いに参考になる著書です。
昨今、高齢化社会が拡大し介護需要が増大する一方で、介護人材の不足が大きく取り上げられるようになってきました。
この記事を書いている2024年時点の最新の調査では2026年時点で25万人の介護人材が不足すると見積もられています。
これは人材不足の改善のための介護テクノロジーや制度の変更も考慮に入れた数字です。
なお、データのある2022年の介護職員の増加数は何と6千人(過去3年間平均は毎年概ね1.5万人の増加)となっています。25万人の不足をまなかう人数には到底なりません。
残念ながら介護職の魅力が他の業界に比べて相対的に低くなっており、他の業界に人材が流出しているのが現状です。そのため介護職の魅力を高めることで人材の確保をすべく、介護現場の生産性を向上させる取り組みが国が大号令をあげ、各都道府県、自治体で進められています。
本記事著者は三重県の介護生産性向上総合センター業務の一部を請け負っており、生産性向上のための相談、展示会、研修会、セミナー、伴走支援を主に行っております。
介護にふさわしい生産性向上とは?
一般的な企業では少ない人と時間で多くの利益を上げることが生産性の向上となりますが、介護に関しては利益額ではなく品質の高いサービスを提供できたかで生産性を算出すべきです。
介護における品質の高いサービスとは「不適切なケア」(製造業における不良品に当たる)が提供されることが少ないことになります。
そして、品質は鎖の強度で例えられます。鎖を引っ張った時、1個1個の鎖のうち一番弱い鎖が壊れることになります。つまり、どんなに他の輪が強くても鎖の強度は一番弱い鎖の強度となります。
介護サービスは日常生活をサポートする性質上多くのスタッフが多くの種類のサポートを行います。
どれだけ素晴らしい介護スタッフが居ても、1人のスタッフによる不適切なケアがあると、品質は低いものとされてしまいます。
よって不適切のケアが無いことが生産性の向上に繋がります。
適切なケア以外はすべて不適切なケアである
適切なケアの定義として著者は次のように記しています。
1. 現在の標準的なケア技術の水準を満たしている
2.そのケアをその利用者に提供すべき根拠が示せる
3.上記2つを第三者に納得してもらうことができる
高頭晃紀. 介護現場 本当の生産性の上げ方 エッセンシャル版 (シリーズ 今どきの介護) より引用
現在の標準的なケア技術の水準を満たしている
標準的な知識や技術は日々アップデートしていますので、現時点での介護福祉士のテキストに準拠すべきです。
倫理観や死生観も時とともに変化します。
かつての古いケアを行っているようなら、介護方法の切り替えが必要となります。
そのケアをその利用者に提供すべき根拠が示せる
日常的なケアの中で何かしらの介助を行ったときに、なぜそのような介助を行ったのかが、説明可能であることです。
上記2つを第三者に納得してもらうことができる
中立的な第三者に対して、上記2点(現在の標準的ケア、介助を行ったかの理由)の裏付けのもと説明できるということです。
適切なケアを行えるように業務余裕を作り出す
現実問題として現場は人出不足となり疲弊していることが多くあります。このような状況では適切のケアについて学習する余裕がないため、まずは業務余裕を作り出す必要があります。
業務余裕を作り出す取り組みとして次のものが示されています。
・現状の人員で可能なケア量・業務量を見積もり、ケアと業務の優先順位をつけて、実現可能なケアと業務の流れを作成する。そのために、ケアプランの見直しを行う
・ICT化による効率化を検討し、可能であれば導入する
・新しい機械やツール、福祉用具などの導入を検討し、可能であれば導入する
・人手不足解消のため、定着率の向上施策と新たな採用戦略を検討し、可能ならば実行する
高頭晃紀. 介護現場 本当の生産性の上げ方 エッセンシャル版 (シリーズ 今どきの介護)より引用
「より良いケア」は「多くのケアをすること」で不適切なケアを産むパラドックス
介護サービスにおけるすべての業務は「やった方が良いに決まっている仕事」です。
そもそも「サービス」というのはそういうもので、「より良いサービス」を実現するためには「あれもした方が良い、これもした方が良い」ということになります。
一方で、このような思考になると、業務は増え続け、疲弊するため不適切なケアが発生する原因ともなってしまうのです。量を増やせば必ず質は低下します。
業務余裕を作り出すために間接業務を減らす
先に述べたように介護業務を増やせば不適切なケアが発生し介護の質は低下します。
よって優先すべき業務(利用者の生命・健康・安全を守ることなど)に集中し、勇気をもってそれ以外の作業を減らすことでしか業務余裕は生まれません。
高頭晃紀. 介護現場 本当の生産性の上げ方 エッセンシャル版 (シリーズ 今どきの介護)より引用
ICT化やロボット・機器の導入
ICT化は介護業務の効率化に非常に有効であるとされています。
一方で最低限のICTリテラシーや前提となる介護現場の基礎体力(コミュニケーションスキルや適切な記録など)が無い現場では逆効果ともなるため注意が必要です。
また、このような機器の導入においては次のようなポイントを持つことが重要としています。
・機械などを使うとケアの温かみが失われてしまうという考えを超えること
・機械やツールを使いこなし、活用することに全力を注ぐこと
・機械やツールのメンテナンスや修理を正しく行い、性能を維持すること
高頭晃紀. 介護現場 本当の生産性の上げ方 エッセンシャル版 (シリーズ 今どきの介護)より引用
職場に友人や知り合いを誘えるか?
採用と定着に大事なことは雰囲気の良い職場であることです。
そのためには職場の人間関係を良くする取り組みを行う必要があります。
心理的安全性(※)の高い職場。
※心理的安全性
組織内において自由な意見や考え出しても、否定されたり叱られたりしない雰囲気。
組織内の職員が互いを尊重し、オープンなコミュニケーションが生まれて雰囲気が良くなることでサービス品質や職員の定着率が向上します
介護の本当の価値は職員と利用者の関係が作り上げるQOLである
一般的なサービス業とは異なり介護サービスは利用者の暮らしを職員が一緒になって作り上げていくことで利用者のQOLが向上します。
一緒に暮らしを作り上げるためにはお互いの信頼が必要になります。
信頼関係はお互いの関係性に基づいた「気遣いの交換」です。
一定の知識と技術、気遣いを伝えられるコミュニケーション、介護職の人間性によって、気遣いの交換は行われ、利用者との関係が深まり、利用者自らが自身の生に価値を見出せるようになります。
これは利用者にとっての大きなQOL向上になり、これこそが介護の価値の向上なのです。
まとめと感想
最終的に本書では、介護の価値とは利用者の職員の関係性であり、業務に追われることなく適切なケアを行い、楽しく充実した時間を共有することができれば自動的に生産性は上がっていくと記しています。
ここまでの境地に至るまでは介護を「業務」と考えてしまうと難しい気はしますが、どちらにせよ、まずは「業務の余裕」が必要となります。
世の中には業務の余裕に対して「職員を無駄にしている。遊ばせている。」と感じる経営者は多く居ると思います。
しかし、適切な時間の余裕、心の余裕は組織力の向上やサービス品質の向上に役立つことを知っておくことはマネジメント側としては重要なことです。
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