著者紹介
院外人事部長 下山学
株式会社経営人事教育システムの代表で、病院や診療所の人事コンサルティングを”院外人事部長”という形で行っている。
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人材採用から人事、教育・研修まで提供しており、本書にもこのエッセンスが記されています。
概要
病院、クリニックで発生する費用のうち最も多いのが半分程度を占める人件費です。
4大経営資源として人、物、金、情報が挙げられますが、医療は物や情報、金を提供するビジネスではなく、当然ですが人を提供するビジネスですので、人がうまく動くことが経営と直結するということが分かります。
本書は医療経営において「人」にスポットを当て、採用、人事、教育のポイントを示しています。
また、病院、クリニックに来院する患者さんは同じく「人」です。患者さんに来てもらうためにどのように手を打つべきか集患についても「人」の側面から触れています。
当ブログ筆者もこれまでに様々な医療機関に携わってきましたが、いわゆるうまくいかない「あるある」があり、それの原因は本書でも取り上げられている「人」の内容に集約されます。
本書に目を通すことで、客観的に現状を見てどのように課題解決をしていくかの糸口に繋がるかと思います。
傾聴力
この言葉を聞いて多くの人は自分は傾聴力があると思いがちですが、全然できていないことがほとんどです。
例えば、自分の意見をはっきり言う人や声の大きい人の意見は勝手に耳に入ってくるものですが、意見を言わない人の意見や声が小さい人の意見は見過ごされる傾向にあります。
また、とくに院長など立場が上の人の意見というのは、多くのスタッフにとっては「従うしか選択肢がない」もので、ほとんどのスタッフは会議でも下を向いて時が経つのを待っているものということを理解しなければなりません。
院長や上に立つ者は自分が意見を言うよりも、聞き役に回りスタッフの声に耳を傾けることを意識するのが重要となります。
理念型の人事労務制度
「理念なき行動は凶器であり、行動なき理念は無価値である」という本田宗一郎の言葉はあまりにも有名ですが、理念から下ろされるべき行動指針や目標、就業ルールなどが定まっていないと人は勝手に色々な方向に向いて行動してしまいます。
採用
採用の時点で、理念に沿った採用の指針がないと早期退職や既存スタッフとの軋轢が生じうる原因となります。
また、本著者は次のようにも示しています。
人材募集の際には次の2タイプの方法があります。
1.応募者の数ができるだけ多くなるよう募集をかけ、そこから良い人材を得選ぶ
2.募集の時点で条件を具体的に示し、条件に合う意識の高い人材に絞り込む
この場合2.の方法をお勧めするということです。
前者は面接を受ける人数が多いため、応募者の中に良い人材が含まれている確率が高まるように見えるが、実際には、面接回数が増え人物の見極めのクオリティが落ちたり、面接だけ得意な人が採用されてしまうといこうことです。
それよりも、今や求人票のみで応募するよりも自院WEBサイトを見てから応募することがほとんどですので、自院のWEBサイトにしっかりと自院の理念や方針などを記しておくことが有効です。
自院の理念や方針に共感した人を集めることができ、早期退職の防止や後に記すエンゲージメントも向上する傾向があります。
定着
クリニックでは特に他の医療機関で勤務経験のあるスタッフがほとんどです。そのため、「他のクリニックはこうだった」などと主張しだす人も出てきます。これが積もり積もって離職に繋がることもあります。
そのため自院のルールを定めた就業規則やハンドブックを作成してしっかりと職員に運用されることが重要です。
気を付けなければならないのは就業規則の雛形を少し手直ししただけで使用するということです。これは絶対にやってはいけません。理念や方針と矛盾なく、現場で必要な情報がとりまとめられている必要があるためです。
納得のいくルール作りをすることで気持ちよく働ける職場となります。
育成
既存スタッフを大切にすることも重要です。大切にするというのは給料を上げるのを指すのではありません。
スタッフ同士のチーム作り、院長と率直に物事を話し合える雰囲気作り、自院が将来向かうべき方向性について情報共有している仕組み作りです。
そのために、院長は定期的にスタッフと面談をし、普段はなかなか言えない意見を収集します。
さらに、個々人の目標設定を行い、目標をクリアした人は表彰などをすることで評価をしていきます。
目標は理念や方針に沿ったものにしておくと、スタッフも行動基準が分かり自主的に動けるようになります。
また、著者は次のようにも記しています。
「成長する医院経営とは、単にお金を稼ぐといったことではなく、組織の理念達成とそのプロセスにおける個々のスタッフの自己実現をサポートする場となっています」
エンゲージメント向上
スタッフの生産性を上げ離職率を上げることが経営においては重要となります。
エンゲージメントとは職員の自院に対する「愛着心」や「思い入れ」のようなものから、より踏み込んで「個人と組織が一体となり。お互いの成長に貢献しあう関係」といえます。
先に挙げた目標管理や傾聴を丁寧に行っていくことでよりスタッフはモチベーションを上げ自主的に生産性を上げていけるような組織へと育っていきます。
事務長の設置
よくあるパターンとして院長の兄弟や奥さんが事務長的なポジションとなることがあります。
ただ、親族であるがゆえに「これくらい言わなくても分かるだろう」「こうして当然だろう」ということが多くなり、結果的にミスコミュニケーションを発生させスタッフを混乱させることはよくあります。
例えば、奥さんが女性職場の多いところで女性同士の厳しい人物評価もあいまってスタッフが委縮してしまうようなケースが見られますが、院長は奥さんからスタッフの評価を聞くため正常な判断ができなくなってしまします。
このような組織の場合、組織は落ち着いている風ですが、スタッフからの創意工夫も出てこないためトラブルや新しいことに取り組むときも組織として問題解決に当たることができなくなるのです。
事務長は院長の右腕として、院長と現場のバランスを保つことが重要な働きとなりますが、その分適切な実力が求められます。親族ということで事務長のポジションを作ると、数字が苦手、コミュニケーションが苦手などポジションに適していないことも起こります。
そのため、著者は親族であっても、業務分担を整理、スキルや意欲を評価して仕事と対価の割り切った関係を作ることが重要としています。
一方で、著者は事務長のポジションについての重要性に触れるとともに次のような注意点を挙げています。
①院長との役割分担を十分にして業務を定義する
②採用選考の基準が曖昧で過去の経験や肩書のみで判断しない(人物の見極め不足)
③事務長を置くほどの仕事があるのかを考える
まとめ
本書の一部で著者が関わったクリニックの例があります。
定年退職を除いて数十年間、職員の離職がないクリニックで、その院長にヒアリングをした文章なのですが、それがとても印象的でした。抜粋すると次のものです。
「道理を大切にし、利己主義な考えを持たないこと」
「自分の快楽を求めるのではなく、職員の生活も気にかけながら、日々働いていただいている職員に感謝することで、結果がついてきました」
何百年も昔から人同士のつながりがあり、そのつながりには基本的な道理があります。
その道理はシンプルに例えば、「周りの人に親切にする」ということかもしれません。
仕事となるとこのような子供でもできる基本的なことを忘れがちですが、これを大事にし、一緒に仕事をする人を愛することが、医療経営の近道なのかもしれません。
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