【書評】『医師の妻がノウハウ0から人気クリニックを作り上げた業界の常識にとらわれない経営』鈴木恵子

書籍レビュー

著者情報

鈴木恵子

おおるり眼科クリニック事務長。おおるりクリニックは著者夫が院長を務めるクリニックです。著者自身には看護師や医療事務などの医療専門職の経験があるという表記はなく、専業主婦から新米の事務長として開業から手伝うことになったということです。

静岡県島田市の眼科【おおるり眼科クリニック】
【おおるり眼科クリニック】は、静岡県島田市南にある眼科です。目に関して不安を持つ患者さんの、心に寄り添うことができるクリニックでありたいと考えています。緑内障のケアや学校保健医としての取り組みに力をいれており、老若男女問わず全ての人の目の健康をサポートしています。患者様にとっての最善を尽くすことが、私たちの使命です。

静岡県島田市のクリニック、2005年に開業との表記があります。

ホームページを拝見すると、院長は埼玉県の大学病院で眼科の専門医を取得後、静岡県の病院で勤務、その後静岡県島田市で開業をされています。開業前に在籍していた病院からは20kmくらいの距離があるので、在籍していた病院から来てくれる患者さんの人数はあまり想定には入れていなかったものと思われ、いわゆる落下傘式の開業に近いのかなと思われます。

概要

「開業当初は1日に十数人だった患者さんが、今では500%以上アップして年間2万3千人ほど。スタッフも5名から2倍以上に増え、地域ナンバーワンを目指して・・・」という現在の分かりやすいクリニックの数字がまえがきにありますが、整理するために計算してみます。

ホームページを拝見すると月火木金土(土は半日)とあるので週に4.5日の稼働。祝日や年末年始の休診を考慮に入れると、概ね年間で230日程度の稼働と思われます。現在は年間23,000人ということですので、1日に100人程度の患者さんを診ているということになります。

診察を行っている医師ならよく分かるとは思います。1人の医師でこの人数の患者を診るというのはとても効率よく回さないと診きれないということを。

これほどの効率と患者数を手に入れたクリニックの仕組みや人材教育について興味深く読んでいくことになります。

クリニックのトップは院長であり医師です。医師は医療のプロフェッショナルではありますが経営のプロフェッショナルではありません。ですので著者は院長とともに経営を支え右腕となる事務長の重要性を唱えています。

クリニックの運営を行う中で、クリニックの成長には経営者の成長が必要であること、経営者はビジネス知識を取り込む必要性があると記されています。

これはビジネスの世界では当たり前ではあるのですが、案外できていない医療機関は多いものです。国の制度等に守られているにもかかわらず赤字の医療機関は3割存在するというこですから、その中でいかにビジネスとして成功するかについて本書は記しています。

著者は経営コンサルタントであり起業家で有名な大前研一さんが学長を務める大学や経営塾に参加することで、経営に関する知識やスキルはもちろんのことITを使用したサービスなど実践的な内容を学んだようです。

著者が大学に入学したのは本人が40代後半でITスキルは皆無の状況ということでしたが、テクノロジーの進化に対応する力と構想力、柔軟な思考力を身に着ける訓練の場になったようです。

クリニックの理念としてクリニックのホームページにも記載がありますが、「より安全な医療」という理念を実現するためにIT化による病態解析や病診連携、院内オペレーションの効率化は欠かせないものとなっているとのことです。ITは集患にも大きく役立てており、ホームページコンテンツの充実なども行っています。

本書では理念、IT、マーケティング、人事、財務、購買など経営で必要になる内容について幅広く経験を交え説明がされています。

医療業界の常識は、非常識なことばかり

次のような表記があります。

「医師の開業はほとんどの場合、一般的なビジネスの起業とは異なっ て「人まかせ」 に 終始 します。 開業コンサルタントへの丸投げ・・・重要な判断すら製薬会社や医療機器販売会社などの第三者にまかせてしまう・・・これが開業後に院長を襲う大きな問題の火種となっています。」

著者が言いたいのはこの表現に尽きるのでしょう。

医業に従事してきた医師やその家族が経営者としての意識を持つこと。そして、著者自身が人任せにはせず自身で考え行動を行ってきたうえでの見解を本書では示しています。

開業医に必要なサービス業視点

開業医にとって重要なのは、サービス業である自覚を持つこと。

銀行やコンサルティング業者のアドバイスを聞くのは大事だが言いなりにならないこと、そして集客や採用は自ら行わねばならず、これを他人任せにしないことです。

例えば、開業時の採用活動において何となく開業コンサルティング業者に求人広告を出してもらい、何となく面接をして開業時のスタッフを決めてしまっていることが多くあるようです。

そして開業後に多く聞かれるトラブルがスタッフトラブルで、これは開業前からの採用時の採用の仕方や説明の問題が開業後に噴き出すから起こるのです。

スタッフトラブルとその予防

採用時の慎重な人選、就業のルールやマナーの策定、スタッフ教育、とりまとめ約である事務長設置などがトラブルの予防策として挙げられています。

中でもクリニックの理念や考え方のインナーブランディング、理念に基づき就業規則を作成することについては具体的な記述もあり参考になりそうです。

とくに就業規則の活用法については様々なことを行ってきたようで次のような具体的な記述があり参考になるかもしれません。

「就業規則は経営者の法的知識も意識も高め経営者と従業員をともに守る」

「就業規則は頑張る人が報われるような内容とする」

「就業規則はお飾りではなく実用するためにある」

「就業規則をスタッフで作り直すことを実施した」

「採用面接時に就業規則を見せる」

「就業規則を9回も改定した」

医療はヒトのビジネスですから、経営者としてヒトの管理を重要視することは当然のように聞こえるのですが、医療業界でここまで行えている事業所は少ないでしょう。

開業コンサルの選び方

開業コンサルティングを提供する業者にも様々な種類がありそれらについて詳しく述べられています。例えば、医療経営専業のコンサルティング会社、建設会社系、医療機器メーカー系、医薬品卸系、調剤薬局系、リース会社系、保険代理店系、税理士事務所系など多様にあります。これらはそれぞれの本業に儲けを出すために開業コンサルティングを行っています。

例えば、調剤薬局系はクリニックのそばに調剤薬局を開設することで儲けを出しますが、医療モールなど場所が決まっていたりします。医療機器会社であれば自社製品を納入することが第一の目的です。ですので本来の目的=開業からブレがあります。ですので、著者は「味方に徹してもらいやすいのは専業の医療系経営コンサルタント」と記しています。

開業支援については200~400万円程度のコンサルティング料がかかりますが、機器や薬剤だけでなく様々な仲介費用を法外に設定し経費に上乗せされることもあるので注意を要するとのことです。

事務長の必要性

「99%の「事務長無しのクリニック」が実業の失敗を招いている」という目次タイトルが目を引きます。こんなに事務長が居ないのかと思ってしまいました。

税理士の会計資料、勤怠管理、給与管理、機器のメンテナンスなどの雑務はもちろんのこと、現場の小さなトラブルが日々発生するのがクリニックです。小さなトラブルは例えば、パソコンが固まった、看板が斜めになったなどたくさんあるでしょう。「先生、私、今月いっぱいで辞めたいんですがー」ということも出てきます。このようなこと全てを診療時間外に行うことはできませんという記載があります。

次のような気の重くなるような記載もありました。

「・・・「 自分で判断して動いてくれ」と言いたくなる・・・ 院長と雇用されているスタッフの間には、責任感に関する大きなギャップが存在する ・・・スタッフには、 明確な権限、つまり決定権や責任をともなった具体的な任務を与えない限り、 積極的に動いてくれない・・・事務長がおらず・・・クリニックでは、すべての判断と処理が院長の肩にのしかかってきます。・・・理想の医療を追求するため開業したのに・・・雑務への対処に追われて・・・。 そんなことにならないよう、やはり事務長の設置が望まれます。」

このクリニックでは事務長を奥さんが担うことで現場と経営をスムーズにしていったとのことです。

これは事務長を長く勤めて来た私にとっても大いに納得することです。院長は診察に忙しく時間がないうえに、スタッフ的には心理的に院長との距離があります。院長とスタッフの間に事務長が居るというのはクリニック全体のスムーズな運営に役立つことは実感があります。

クリニックの理念からブランディング、インナーブランディング

著者のクリニックでは理念である「より安全な医療」に基づき、そのコンセプトに合った建物、駐車場などに様々な工夫を行っています。ホームページにもしっかりと示されています。

また、そのコンセプトを従業員にも伝えること、そしてそれを従業員が実践することで業務の質は上がり従業員のエンゲージメント(クリニックへの帰属意識)や満足度も上がっていくということです。

さらに従業員のエンゲージメントを上げるための工夫として「3行提案」「就業規則改定プロジェクト」「理念作成プロジェクト」などを行われているというのはとても興味深いことでしょう。

このような考え方はいわゆる経営の教科書では当たり前のように書いてある内容ですが医療機関で実践できているところは少なく、実践してみたらうまくいったという良いお手本でしょう。

IT 進化する技術へのキャッチアップ

医療情報システム

歴史的には医事会計システムが先に登場し、次にクリニックへの電子カルテが普及しだしたところのようですが、筆者のクリニックではこのようなデジタルシステムへの投資を惜しんでいません。デジタルシステムを用いることで業務の整合性が保たれ効率化も行われる、さらに理念としている「より安全な医療」が実現できたということです。

次のような表記もあります。開業時の患者数の少なさはさておき、効率は400%になったとのことです。

「当院でのシステム導入の効果はてきめんでした。開業時は患者さんの数が30人程度でも業務が終わるのは19 時、それが現在では120人の患者さんを診ても同じ時間に業務を終えることができています。」

1日に100人の患者さんを診るためには無くてはならない仕組みなのでしょう。

WEBマーケティング/デジタルマーケティング

これは診療の場のみならず、マーケティング(集患)にも言えることで、筆者はホームページの重要性も伝えています。マーケティングにおいて消費者(患者)のスタート地点の「認知」の段階で最も重要なのはホームページの制作であると記しています。

また、これはホームページならではのメリットで外看板などに比べると医療広告規制が緩いため自由度の高い発信ができることも挙げています。

ホームページに記載すると効果の高いコンテンツに関しても具体多岐なチェックポイントが設けられるなど具体的に参考にしやすいでしょう。

さらにSEO(検索エンジン最適化)やMEO(マップエンジン最適化)、Googleマイビジネス(現:Googleビジネスプロフィール)、口コミ対策など、現在では必須となっているWEB検索時のマーケティング対策としての手法についても具体的に記しています。

まとめ

クリニックの開業自体は2005年で、本書には15年前に開業してという表記がありましたので2005年から2020年くらいにかけてクリニックの運営をしてきた上でのご経験、ITの発達からスマホ時代への突入までの間で勉強、実践されてきた内容が幅広く記載されています。

経営本やビジネス書に書いてある内容(理念、人事、マーケティング、財務など幅広く)をクリニック入れてみたらうまくいったこと、あるいは理想としては組み入れたいということが幅広く記載されています。

本書をきっかけに専門の経営の教科書などに手を出されるのも良いのでしょう。

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