著者情報
伊勢呂哲也(いせろ・てつや)
名古屋大学医学部卒業後にJAあいち豊田厚生病院、医療法人仁成会髙木病院、医療法人誠高会おおたかの森病院を経て2019年、第三者承継によって大宮エヴァグリーンクリニック院長に就任。
専門は泌尿器科ですが消化器内科にも携わっています。承継前にはグロービス経営大学院でMBAを取得しています。
著書が出版されて以降も開院を進め、2021年4月に東京泌尿器科クリニック上野、2022年4月に池袋消化器内科・泌尿器科クリニックを新規開業しているようです。
大宮エヴァグリーンクリニック
下記で述べますがクリニックの中の雰囲気が良く見えてくるホームページです。さらに疾患に関するコンテンツがてんこ盛りです。実施するWEBマーケティング戦略がよく見えます。
概要
医師が独立開院する際には新しくクリニックを作ることが主流ではありますが、著者は既存のクリニックを承継する形で開院しています。承継とは、既存のクリニックの経営者からクリニック自体(建物や機器、人材もすべて)あるいはクリニックの経営権を引き継ぐことです。
本書ではタイトルに「承継開業」とい文字とあり、承継に関する情報はもちろん記載がありますが、新規開院する医師にとっても幅広く役立つ内容が入ってます。本書は大宮エヴァーグリーンクリニックを承継開院するにあたっての体験談を中心にしていますが、医師として独立するにあたってのキャリア、独立する際のマインド、マネジメントやマーケティングという経営の勉強についても触れられているため承継開業でなくても参考になる点が多くある印象を受けました。
当記事筆者が読んでいて感じることはこの著者は自分のことを「医師ではあるが医療以外の分野に関しては素人である」という意識をしっかり持っている印象を受けます。
例えば、クリニック承継の希望を表明する提出資料に関して、「単に自己流でさっさと書いてもそれは自分が納得したものであって、譲渡先の医師が納得してくれるものであるかは分かりません・・・プロにお願いすることで履歴書、決意表明書の見栄えは格段に良くなります」との表現があります。
他にも、「私が皆さんにお伝えしたいことは、勤務医をしている延長線上に独立・開業があるのではないということです。」という表記もあり、著者が自ら経営についての能力は不足していると考えグロービス経営大学院やラーニングエッジ社などで学ばれています。
例えば「クリニックの理念を職員と一緒に作る」ということは普通の開業医はあまりやらない手法だと思いますが、近いことは経営・ビジネスの世界では行われているものです。グロービス経営大学院やラーニングエッジ社他にも色々なところで学ばれたことを実践しているのだろうと推察されます。
専門科の決定から開業の意思決定まで
著者は泌尿器科を専門として選んでいます。日本では泌尿器を専門にしている医師が少ないという点を考慮し選んだということです。
勤務医時代では頭には開業をしたいなという意識はあったようですが、開業を一歩踏み出せずにいたようで、著者の葛藤を表す次のような記載が印象に残ります。
「・・・周りと一緒のこと・・・開業を目指してあれこれ悩むこともなく精神的にラク・・・いつしか開業したいという気持ちも失せていく・・・。」
「とにかく少しでも独立に繋がる動きをしなければ・・・」
「一生懸命にやっていながら給与交渉をするのには気が引ける・・・「今のままでいいのだろうか?」このまま勤務医を続けていて先があるのだろうか?」」
そして、筆者は環境を変えることで開業に向けて準備をしていきます。「私が皆さんにお伝えしたいことは、勤務医をしている延長線上に独立・開業があるのではないということです。」という表記があるように、医師と経営者は別物と考え、グロービス経営大学院に通いMBAを取得しています。グロービス経営大学院では様々なヒト、モノ、ジョウホウが集まり異業種交流会的に人脈もでき経営者としての準備ができたと記しています。承継開業の気づきもここで得られたようです。
一般的な経営やビジネスの学び
グロービス経営大学院、ラーニングエッジ社(マーケティングやマネジメント、リーダーに関する教育を行っている会社)や医療経営大学など、実践的で役立つ考え方や手法について学ばれています。医療経営大学には開業後に入学しているようです。
経営マインド、経営理念、リーダー論、マネジメント、マーケティングなどについて学ぶことで医師に不足しがちな経営力の補強をしています。
専門診療科目にさらにプラスする「伊勢呂式」
著者は元々は泌尿器科の専門なのですが、そこに消化器科をプラスしています。
開業前から病院の消化器科の先生に勉強をさせてもらったり、アルバイトなどで勉強をしています。
「この良家の診療の・・・相乗効果・・・患者さんの症状に対して幅広い診察・・・ができるようになります。泌尿器科あるいは消化器科だけの知識では解決できない症状に対しても両科の知識が十分に役立つ・・・」と記しています。
これにより両科で診察ができるため平均110人/日くらいの患者さんを診ていると記載があります。
WEBマーケティングの重要性
著者は大宮駅というビッグターミナル付近で開業しています。大宮駅に医院の看板広告を出すのは大きな効果があるだろうと考えました。しかし結果は看板広告を見てきた新患はゼロだったとのことです。
一方でホームページやWEB広告の有用性について示しています。
ホームページは医院を見える化してくれる情報発信ツールとして有力であるが記事の更新は必要不可欠ということです。
また、ホームページに組み合わせインターネットのキーワード広告(リスティング広告)やWEB予約受付の有効性を示しています。
承継開業のメリット・デメリット
開業資金が少なくて済む
ビルテナントで新規開業の場合は6000-8000万円程度の開業資金が必要なようですが(不動産購入がある場合はもっと高くなる)、承継の場合はこの半分程度の資金で抑えられるようです。内装工事や機器などの具体的な金額の比較表が添えられ具体的に示されていますので参考になりそうです。
集患の心配がない
すでに患者が付いているクリニックを承継するため、新規開業直後で閑古鳥が鳴く状態というのは防げます。
多くの開業医にとっては開業直後に患者がすぐに増えない問題は大きなストレスになります。このような問題が起こらずにすでに患者が十分にいるというのはメリットです。
人材をそのまま引き継げることが多い
院長や経営者が変わっても顔なじみの看護師や事務員が居ることで患者さんにとっては安心ということです。
人出不足である看護師などの人材がすでに確保されているとういうのも大きなメリットだとっ記載があります。
勤務医ですとなかなか気づかないのですが、一般的には看護師の採用には数十万円~百万円程度の採用費用がかかりますし、採用のための求人を出したり面接をする手間はかなりのメリットと思われます。
デメリットももちろん存在する
「譲る側と引き取る側のどちらに責任が生じるのか?といったような問題・・・・重機その他備品等の帰属や修繕をどちらの責任で・・・・ここはしっかり話し合いをしたうえで決めておかないと・・・」
という表記があります。
承継の際のポイント
仲介業者との付き合い方
一般的には承継をする際には、譲る側と引き取る側の間に仲介業者が入ります。
また、譲る側には複数の候補者がいることが多く、引き取り側である自分から魅力を伝えないと譲渡先として選んで貰えないということです。そのために、仲介業者に対しては自分を売り込むというスタンスでお付き合いをした方が良いという記載があります。
運転資金や売上に関するポイント
承継開業では新規開業資金が少なくて済むとありましたが、もう少し具体的に記されています。譲渡金額に加えての金額について次のように記載があります。
「・・・目安としてM&A(買収)資金+2か月分の運転資金をみておいていただくのがいいでしょう。ちなみにM&Aをする際に仲介業者に手数料を支払うことになりますが、私の場合は、毎月の自分の給料から差し引く分割払いの形で手数料を支払っています。」
また、売上の安定が運転資金の算出で重要との見解を指名しています。特に企業健診のメリットについては次のように記しています。「企業健診のような定期的に売上が入る仕組みがあると、経営が安定しますし、資金繰りや資金調達が楽になります。」
引継ぎ期間と関係づくり
引継ぎ期間は何でも長いに越したことはないのですが誰しも時間の制約があります。著者はこのあたりに関しての見解も述べられています。
「仮に自分と同じ専門科の医院を引き継ぐ場合であれば、2~3か月あれば十分かと思います。もし、私のケースのように別の科の医院を引き継ぐというのであれば、半年くらいはかけたほうが安心できるでしょう。」
また、引継ぎ期間における関係づくりの重要性についても記されています。また、引き継ぎが終わった後でも元々の院長先生にも顧問という形で来てもらい診療もしてもらっているようです。ここで単に「非常勤医師」とするのではなく「顧問」とするあたりが著者の気遣いがよく現れていると思いました。
心理的安全性の構築
引き継ぎの間ではスタッフは色々と心配になるものです。そこを察した著者はスタッフとの関係構築のために「説明会を開くこと」「個人面談を行うこと」を行っています。
その際のポイントとして「自分の主張はなるべく控え、反対にスタッフの考えを半年くらいかけてヒアリング・・・」「聞くというスタンスに重きを・・・」「自分の気持ちや話を伝えることより、まず相手の話を聞き、受け止めることが大切・・・」と述べられています。
自ら意見を言ってよいという環境を作り出すとで、意見を言いやすい空気が生まれ、チームとしてのパフォーマンスが上がるということです。このようなことを最近では心理的安全性といいますがGoogleが研究結果を出したということで有名な話です。
スタッフと一緒に作った行動理念
これはグロービス経営大学院等で学ばれた内容でもあったのかもしれませんが行動理念をスタッフとともに作っていったということです。
「・・・自分自身が働く医院をもっと良くしたい、気持ちよく働きたいという意識の表れ・・・。経営者が勝手に決めた理念ではなく、スタッフたちも参加して・・・それぞれにとって理念が自分事となり、効果が発揮される・・・」ということです。
まとめ
総じて著者は「人の気持ちがよくわかる人」なのだなという印象を受けました。
例えば、承継にあたってステークホルダー(仲介業者、前経営者、スタッフなど)が「その時にどのように考えるか」とうことをとても気にしていらっしゃるのだなと思いました。小さな気遣いなのですが、小さな気遣いを重ねることで信頼構築ができ、大きな成果を生み出すのだと思いました。
またこれは患者さんにもあてはまります。「患者さんだったらどのように思うのか」ということを客観的に考えています。
例えば既存の患者さんに対してであれば「承継後でも看護師や事務員が居れば安心」であろうと考えています。新規の患者さんに対してであれば「こういう悩みをインターネットで検索するのだろうな」ということを感じそのコンテンツを作ることで集患に役立てています。
タイトルこそ「承継」というところに目が行きがちですが、啓発書やビジネス書でも述べられるマーケティングやマネジメントに関することも実践されているため、新規開業でもすでに開業している開業医にとっても参考になる著書と思われます。
また、新規開業に一歩踏み出せない医師にとっても一つのきっかけとなる本にもなるかと思います。
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