【書評】『クリニック経営のための最高の人材育成 ーー チームを成長させるリーダーの考え方』小暮 裕之

書籍レビュー

著者情報

2003年に医学部を卒業したのちに小児科医として病院で研鑽を積み、2010年に有明こどもクリニックを開院。医療経営大学を立ち上げ学長も務めています。
有明みんなクリニック・有明こどもクリニック・有明ひふかクリニック、病児保育室など複数の施設を経営。

医療法人社団モルゲンロート 理事長
https://child-clinic.or.jp/

概要

2010年9月に有明こどもクリニックを開業していますが、医師となって8年目に開業したと表記があります。医師が開業するまでの期間としては早い部類になるでしょう。


2020年時点で5クリニックの運営をしているということですから順風満帆できたかのように見えるのですが、本書の本編冒頭は「5000万円の損失を出した経験から学んだこと」という厳しい印象のタイトルから始まります。
「開業してから5-6年は経営者として失敗を繰り返していました。・・・損失額を算出すると、およそ5000万円にのぼります。」と書かれていますが、これは次々と辞めていったスタッフの代わりの人を採用するために費やした採用コストということです。

著者は大きな損失を出した2015年から2016年にかけてを「暗黒の1年」と表しています。暗黒の1年は、2つ目のクリニックを開院するというタイミングだったようです。この間で約1年のうちに20人近くのスタッフが退職しています。新規開院のために採用したスタッフ7名が開院前までに退職してしまったようです。
退職した理由は自身のリーダシップにあるのだと次のように記しています。
「その根本的な原因は私の誤ったリーダーシップにありました。・・・多くのスタッフが辞め・・・優秀な人材を育てられなかった・・・」
「雇い主である自分はやるべきことをやっている・・・従えないスタッフの方に問題があると思っていた」
「お金だけでは人は育ちませんし、本当の意味では定着してくれません。」
「スタッフが定着しないのは自分に理由があること、自分が変わらなけれなならない・・・経営者としてリーダーとして自分はどう変わるべきなのか」

そこで著者は経営やリーダーに関する書籍やセミナーを教材とし学びます。そこで最も影響を受けたものがスティーブン・R・コヴィー氏の『7つの習慣』だったということです。
本記事を書いている私自身がそうなのですが『7つの習慣』に感銘を受けた1人として、とても共感できるなぁと感じました。

『7つの習慣』自体はボリュームが多く読むだけでも苦労するのですが、本書では『7つの習慣』の要素をクリニック経営へと具体的に落とし込んでおり、具体的なチェックシートなどもついているので時間のない院長先生などにもとても役立ち実践的なものになっていると感じました。

他にもリーダーやマネジメントの良書と言われるものからも学ばれているようで、それを具体的にどのようにクリニックの経営に使用していったかが記されています。よって、クリニック経営だけでなく経営者全般に役立つ内容となっています。

人材育成のポイント

ポイントとなるワードは以下のワードでしょう。
「人生はよろこばせごっこ」「相手を理解すること」「ミッション・ビジョン」「コーチング」

人生は人よろこばせごっこ

この言葉もともとアンパンマンの生みの親であるやなせたかし先生がおっしゃっていた言葉です。

「「人よろこばせごっこ」とはいかに人を喜ばせるかを考え、まずは得るよりも与えるということです。・・・人が一番うれしいのは、人を喜ばせることだということがわかりました。」というやなせたかし先生の言葉の記載があります。

偉大な経営者である稲盛和夫さんが重要としていた「利他の心」についても触れられています。

著者はスタッフに対する教育も同じものだと考え次のように記しています。

「・・・仕事のノウハウを教えることではなく、・・・人生を幸せなものにするための気づきを与える・・・人生や仕事で成功する秘訣を教えなければなりません。・・・自分のクリニックから独立したスタッフが活躍すればするほど「あのクリニックは、素晴らしい人材を育てている」というブランドになる」

単に技術を教える以上の深い理解と献身が求められます。本書は、そのために必要なマインドセットとスキルセットについて、実践的なアプローチを提供しています。

相手を理解し信頼を得ること

信頼関係を気づくためには自分を理解してもらおうとするよりも相手を理解する姿勢が必要になります。

そして組織は個人の集まりですので、信頼関係がなければマネジメント能力があっても組織はうまく機能しないとうことです。

「組織がうまく機能しないとき、・・・戦略やシステムを見直したり、社内ルールを変更したり、マネジメントの部分に目を向けがちです。・・・結局うまくいかないケースが多いです。  ・・・組織の基礎となる個人の部分を見直しましょう。・・・リーダーとしての役割を果たせているかどうかで、組織のありようは大きく変わります。・・・監視や罰則を強化した間違ったマネジメントにつながりかねません。同じミッション・ビジョンに向かって進むことは不可能でしょう。」と記載があります。

ミッション・ビジョンの明確化

本書ではミッション・ビジョンの作り方から示しています。

「物心ついたころから今までで印象に残っている出来事を書き出し・・・感情が大きく振れている・・・あなた自身の考え方に強く影響を及ぼしている出来事・・・自分が本当にやりたいことは何なのか・・・具体的に言語化して・・・自分の夢を叶えるためには・・・誰にどんな喜びを与えていけばよいか・・・」というステップを示してくれます。

出来上がったミッション・ビジョンは頻繁に目にすることで決断や行動に活かすことが重要となります。ブレない意思決定のための道標です。そしてミッション・ビジョンは発信し共感してくれる応援者を増やします。

ミッション・ビジョンは人に仕事を任せる場面でも役立ちます。院長は診療業務に管理業務、マネジメントと多くの業務が一度に降りかかってくるためそれぞれの質が落ちる傾向にあります。そこで院長が専念するところ以外の部分を手放して管理業務の大半を任せっれる部門リーダーに任せ育成を行うのです。部門リーダーはミッション・ビジョンに従い自ら考え成長していきます。

コーチング

コーチングは、スタッフの潜在能力を引き出し、自律的な成長を促進する重要な手法です。3ステップのコーチングモデルを通して、具体的な対話の技術や姿勢が学べ、実際のクリニック経営に直結する内容となっています。

部下の主体的な行動を引き出し、成長につなげるためにはコーチングが不可欠です。コーチングでは、答えを教えるのではなく、相手の意見を聞き、問いかけ、ヒントを与えることによって、部下自身が考えて答えを導き出せるようにサポートします。」と記されています。先に挙げた「相手を理解し信頼を得る」というところからも繋がってくる内容ですので、納得度が高くなります。さらに細かく10のポイントも示してあるため理解と実践がしやすいものとなっています。

まとめ

本書は「クリニック経営のための最高の人材育成」というタイトルではありますが、そのエッセンスはクリニックに限らないものであると感じました。人の在り方、組織の在り方、リーダー、マネジメントに関する要素が土台にあり、それをクリニック経営で実践したという内容になっています。

リーダーやマネジメントに関する良書から得られるエッセンスが最大公約数的に入っているため、まずは本書を読んでクリニックの経営に活かしてみること、そして、それぞれの良書(本書巻末に紹介があります)について深く触れていくような使い方ができそうです。

著者は『7つの習慣』に最も影響を受けたと記載をしていますが、『7つの習慣』の既読者にとっては「なるほど、この考え方をクリニックではこのように実践したのか」と思えるような内容になっていると思います。『7つの習慣』は読んだけどどう実践に落とし込めばよいのか分からないという人には良いヒントになるかと思います。

本書内にはコラムが1か所のみあり、そのコラムは『7つの習慣』に関する記載となっています。

中でも3つの文章が「私を変えた言葉」として掲載されています。

「刺激と反応の間には選択の自由がある」

「まず理解に徹し、そして理解される」

「お互いの違いを認め、尊重し、自分の強みを伸ばし、弱いところを補うこと」

「暗黒の1年」で解決策を模索し、良い人事システムや評価制度を作ろうと考えていた時に、『7つの習慣』から「インサウドアウト」という概念に触れています。

「それまでは外から内地を変える「アウトサイドイン」が正しいと信じてきましたが、自らを変える「インサイドアウト」という概念に触れて、何もできていなかったと反省しました。そこから信頼される個人になるために、自分を磨こうと決めたのです。」という言葉が著者の想いであり、他の院長はこうならないでほしいというメッセージ、そして医療経営大学へのスタートになっているのかなと感じられます。

医療経営大学についてはまた別記事で触れたいと思います。

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