著者情報
湯沢勝信
湯沢会計事務所の代表税理士です。湯沢会計事務所はWEBサイトを見てみると医院開業や医院経営に強みを持っているのが見て取れます。開業後の顧問税理士やお金を中心としたコンサルティングも行っているようです。
他にも一般社団法人による医院開設支援も行っているようで、税制の面でのメリットなど、税務のプロの面が良く現れており、本書でもお金の話が多く出てきます。
概要
著者は税理士ということもあり、特にクリニック開業におけるお金の面の記述が参考になる印象を受けました。
例えば、開業資金や運転資金、融資や金利などについては具体的な数字も多く記されているのでとても参考になるでしょう。「・・・実際、開業した先生方が自己資金をいくら持っていたかお教えしましょう。500万円から1000万円というものが最も一般的です・・・」という情報も記されております。
開業医の先生に対して「先生、自己資金はいくらですか?」などとはなかなか聞きにくいですからこういのは案外貴重な情報ち思います。
また、診療圏調査からマーケットを導き出し、経営上必要な患者数を推計し、数字に落とし込む方法や開業する不動産物件、機器の購入に関しても目安の費用や購入方法なども書かれており、入ってくるお金と出ていくお金についてイメージを作っていくのに役立ちます。
このような数字を具体的に見ることで、勤務医の先生はより開業のイメージが付きやすくなるものを思われます。
具体例な数字でイメージが付きやすい
開業資金
例えば開業資金を5000万円とすると、その1割の500万円が自己資金。開業資金=設備資金+運転資金。運転資金は1か月の必要資金の6か月分の2000万円程度は用意しておきたいというように明確に記してあります。
では、その資金をどのように借りるのかについてですが、メガバンクや地方銀行などの特徴などについても具体的に示されています。
「・・・メガバンクは・・・開業資金融資には積極的ではありません。融資してくれる場合でも、モノを買う設備資金あ貸したがる一方で、運転資金は貸したがらない傾向・・・・」というのはお金の専門化ならではの知見でしょう。
資金を融資してもらうためには、事業計画書が必要になりますが、事業計画の作り方や金利、返済期間などのアドバイスも記されいます。
マーケット
診療圏調査など開業にあたってのマーケットを推測するもとになるデータは多く存在します。これらのデータの使い方、計算方法について具体的に記されています。診療圏調査については当webサイトでもツールをいくつかまとめていますので参考にしてみてください。
また、人口当たりの開業医のデータに着目し、都会の激戦で開業するのか埼玉県(人口当たりの開業医数が少ない)に開業するのかなど開業場所を決めるための見方が参考になります。
さらに、雑居ビルの1室を賃貸するのか、医療ビルなのか、戸建てを購入するのか借地にするか、はたまた居抜きで承継するのかなど多くの選択肢がある中でメリットやデメリットについても触れられています。
私は次の記載が面白いと思いました。「ショッピングセンターは、事前に市場調査を行っていますので、駅から離れていても集客力がある上に、近辺に競合は居ないので、クリニックの開業場所としては非常に魅力的です。」
ショッピングセンターのデメリットである営業時間や立地をショッピングセンターの都合に合わせるということが許容できるのであれば、マーケットがある意味保証されているショッピングセンターはアリでしょう。
賢いお金の使い方
内装工事を安く済ませる方法や、家具などのモノを購入する際のポイントから、医療機器の購入まで様々なアドバイスが書かれています。
特に医療機器が金額が大きいのでリース契約にして定期的に入れ替えた方が良いものや、あえて一括購入した方が良いものなどについて具体的に記されています。
開業コンサルタントの使い方
勤務医から開業医になる先生は、金融機関からの融資、事業計画の作成、工事、医療機器、人材採用、集患などこれまでに経験したことのないことを次々に判断し進めていかなければなりません。そのために、開業コンサルタントをうまく使うのが良いと記されています。
開業コンサルタントは必要なタスクを網羅しておりそのために必要となる業者や専門スタッフなども紹介することが可能なのです。
開業におけるタスクのうち決定するのはもちろん先生ですが、具体的な作業等外部に任せた方が良いものについて具体的に記されています。例えば次のようなものです。診療所工事、広告手続き全般、ホームページ作成、医療機器導入研修、保健所・厚生局・税務署等への開業諸手続きなどです。
人材と事務長
人材についての記載もしっかりと記されています。
例えば、次のような記載があり、意外な視点かもしれませんが実はとても的を得ていると思います。
「従業員採用のポイントとしては、雇用後の教育により成長する可能性が高い人材を採用することです。」
新規採用の際にはどちらかというと「●●ができる人を優先的に採用したい」という気持ちが働きます。しかし、長い目でクリニックに恩恵を与えれくれるのは●●ができることよりも、成長する意欲の高い人材ということの方が多いと私自身は感じます。
また、採用の面接の際には複数のチェック(社労士や開業コンサルタントなど)をすることでチームとして一緒にやっていけいるのかを見抜くのに役立つという記載があります。普通の医師は採用の面接というのをやったことがなく、マッチしているかを見抜くための問いかけや受け答えの反応について評価する力が不十分なことが多いです。複数チェックを入れることでミスマッチのリスクを少しでも減らすのに役立ちます。
そして、人気のあるクリニックは従業員教育に力を入れているという共通点があることを示しながら、
「・・・よい選手を雇って、一生懸命に練習をして、一流の強いチームに育て上げていく。まさに、従業員はチームの一員であり、クリニックの経営を支える大切な戦力なのだという認識を持つことが必要です。」という言葉が印象的でしたし、本当にそうだと私は思いました。
勤務医時代は「医者=技術者」だったのが「院長=技術者+マネージャー+経営者」と3つの役割が必要になります。役割を兼務することで、それぞれが薄まってしまいすべてが中途半端になることも多くあります。
そのため、最近は事務長を雇う先生も増えてきています。事務長がいると院長の仕事はずいぶんと楽になるだけでなく、クリニックの売上を伸ばすことも期待できます。
なお、院長夫人が経営に関わる場合についての注意についても記されています。「・・・院長夫人が・・・性格がきつくスタッフから嫌われてしまうようような人は、クリニック全体の雰囲気を悪くする・・・雰囲気の悪い医院には患者も来なくなるので、結果的に経営の悪化につながりかねません。」
まとめ
著者は税理士ということもあるからか、数字を示していくことで開業というものを具体的なイメージに落とし込んでいくのに良い書籍だと思いました。
とくにお金の部分は開業する先生にとっては一番心配なところですので、読んで損はないと思います。
一方で開業するだけであればお金の力で可能かもしれませんが、経営していくとなると必要なものがまた変わっていきます。医療サービスはヒトの比重が大きいビジネスです。よって人材が非常に需要となるのですが、人材をどう採用し育てていくかについてもしっかりと記載があります。
著者は次のような厳しい現実を示しながらも、選ばれるクリニックとなり事業を継続していくための重要な点についてしっかりと記しています。
「年間に1兆円ずつ増えている医療費の財源不足が問題となっているなか、今後外来収入の増加は期待できません。また、厚生労働省が行っている「医療施設調査」によると、診療所1件当たりの外来数は年々減少しています。」
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