【書評】『クリニック起業術』中村浩介

書籍レビュー

著者情報

中村浩介

著者は主に歯科医院の経営支援を行うアプローチ株式会社の代表です。

著者は「クリニックの開業(起業)をプロデュースするとする」と記載しており、当社の「新しい医療・介護をプロデュースする」というスローガンと同様に「プロデュース」という言葉を使用しているところに共感を覚えます。

単に支援するだけではなく、自ら顧客と一体となって作り出していくという強い意志が見えます。

概要

本著書は歯科医院向けの経営本のようですが、実際に読んでみると医科の方でも大いに参考になるものでした。というよりむしろ起業におけるエッセンスやマインドセットをまとめあげ、医療経営の方に落とし込んでいるという点で医師や歯科医師にとって理解しやすいものになっていると思います。

本書ではまず、クリニック開業は「起業」であることを強調しています。つまり、医師や歯科医師としてのキャリアとしてよくある選択の一つとしての「開業=クリニックの開設」というのではなく、「開業=起業すること」にマインドをセットし直さなければならないということです。

このマインドセットにより、起業・経営の原理原則を学び思い通りの経営を実現していくことを目的としています。

多くの先生はこのマインドセットが出来ておらず、開業後に医院の方向性が不明確なため、集患や採用やスタッフ教育において苦労をするということでしょう。自分自身で目的地が分からなければ、勤めるスタッフはもっと分からないし不安です。患者もそのような先生を進んで選ぶことはしないでしょう。先生自身も揺らいでしまい自身のストレスとなります

「開業=起業」というマインドセットができると、医院規模を拡大する方法一つをとっても様々方法が考えられるようになります。一般的には増築や分院展開になりますが、規模拡大の方法に、「買う」「売る」「貸す」などの発想を自然と加えることができると記載があります。これはビジネスの世界では当然の手法なのですが、先生1人の医院経営においてはこの発想になかなか至らないでしょう。

著者は次のような広い発想をビジネスの面から記しています。「・・・歯科衛生士・・・の不足を解消するために、新たなビジネスを構築したり、・・・自分はまったく異なるビジネスに従事する。・・・もとの医院を売却する“出口”を描いて経営し、売却後は・・・自由気ままな人生を送る・・・成功の形すらも、あなたの理想によって変化します。」

そして起業を実現するためにはもちろん起業や経営に関する知識が必要です。しかし医師、歯科医師の先生は開業が当たり前のような業界にいるにもかかわらず。経営を学ぶ機会がほとんどないのは問題であるということです。

本書では「伸びる起業家&経営者のマインドセット”15″」を挙げそれについて5大経営資源の使い方について実践例とともに示してくれます。

今後、より顕著になる患者減少や人材不足時代において、ライバルに打ち勝つためには、これまでのやり方では通用しなくなります。クリニック開業をビジネスとして考え、そのための環境作りや人材育成が重要となる時代で生き残るための手法を学ぶことができるでしょう。

5大経営資源のマネジメント

経営資源と書かれると何か抽象的な記載がされそうですが、本書には次のように分かりやすい例えがあります。

  • すぐ院長室にこもりたくなる。コミュニケーションの仕方がわからない(ヒト)
  • スタッフの技術力がわからない。または研鑽する必要がある(ヒト・モノ(技術))
  • 損益分岐もなんとなくしか知らず、経営におけるお金の使い方を知らない(カネ)
  • 開業や経営について知り合いから断片的に聞く程度(情報)
  • 「忙しい」が口癖で、それが当たり前だと思っている(時間)

これらのクリニック経営あるあるに対し、どのような目的を設定し経営資源に落とし込むのかを具体的に図表で示してあるので理解しやすいでしょう。

また、次のようにも記されており、多くの院長、理事長が悩むヒトに関する悩みに対しても鋭く切り込んでいます。私の方でも院長からよく聞くグチであり、似たようなアドバイスもしております。現実的に参考になるかと思います。

「・・・経営においては「5大資源のコントロール=マネジメント」だと理解してください。 「マネジメント=ヒトにするもの」と、1つだけの資源の認識でいると、スタッフに対して「どうして自立しないんだ」・・・「うちの医院は院長だけ頑張っていて生産性が悪い」とストレスを抱える経営を続けることになります。

ヒトの成長に直結する教育においても、資源は複合的に関連しているので、原因は“時間”の資源配分なのか、“情報”への投資がなされておらず、知識のアップデートがなされていないことが、本質的な原因であることは少なくありません。最短距離で課題解決するためには、どの資源配分に問題があるのか、客観的に見直すことがポイントです。」

ビジョンから作るブランディング

ビジョンから逆残し「見える化」する

「どうして開業したいのでしょうか?」という問いから始まる動機、そしてやりたいこと=ビジョンが定まっていないと自身やスタッフまで揺らぎ、5大経営資源を適切に使えず、スタッフ離職や追加借り入れなど負のスパイラルに陥ります

本書では自身のビジョンを現実化するためのフレームワーク構築について図表を用いて示してあります。PEST分析やSWOT分析、SBUなどのビジネスでは当たり前の手法ですがそれを医療経営にも落とし込むことができるので、一度はやってみるのが良いでしょう。

これにより自身のビジョンから繋がる開業プラン(いつ、どこで、どんな診療科で、どの程度の規模で、どんな機器、どんな人、何円など)が一本の軸に添って決められ「見える化」ができるでしょう。

ビジョンという強固な軸があればブレずに5大経営資源を使っていくことが可能になり、安定した経営やライバルとの差別化に繋がります。

ビジョンからマーケティング・ブランディングへ昇華させる

また、デジタル化が進む現代において、WEBマーケティングという言葉があるようにWEBサイトを持つことは当たり前です。ビジョンやビジョンに沿った診療内容や医院のスタンスをWEBサイトで発信することはWEBマーケティングにおいて重要なことです。さらに、映像やブックマーケティングなどのツールも用いることで協力に自身のブランドを知らせることができるでしょう。

患者さんやスタッフは待っていれば来る時代は終わりました。積極的に自院を選んでもらう時代にはライバルにはないブランドを作り上げ発信することです。

開業に必要な事業計画が具体的に描けるようになる

ビジョンが定まることで、必要な経営資源も明らかになります。これは事業計画が具体的に描けるようになることを示します。

銀行での借入時には必ず事業計画が必要になりますが、ビジョンや未来(〇年後など)から逆算することで、おのずと必要になる費用が見えてきます。

本書では、事業計画、資金計画、売り上げ計画、人員計画など具体的な数字をビジョンに基づき論理的に計算し示していますのでぜひとも開業を考えている先生にはやってもらいたいと思います。

例えば、自信のビジョンを考えると〇年後には〇億円の売上を上げたい。そのためには月間売り上げが〇円必要だ。一か月の営業日数は〇日だから、1日当りの売上がどのくらいで、患者数はどのくらい、スタッフはどのくらい、立地はこのへん、機器は、内装は・・・という風に分解していくのです。

他にも必要となる各種費用の目安なども示しているので参考になるかと思います。

医経分離スタイルによるマネジメント

著者は医療と経営を分離した医経分離スタイルを勧めています。

一般的な会社には営業部、マーケティング部、法務部、経理部、財務部、人事部、広報部、お客様相談室など様々な部署があります。

一方で、医師や歯科医師は通常は現場のプレイヤーですが、上のすべて行うことの難易度が高いのは言うまでもありません。いくらベテランの先生経営者でも、それぞれで使う「脳」が違うため、1人で全てを完璧にこなすのは無理と言えるでしょう。

そのため著者は。先生が行う「医療の分野」と経営資源の配分などのマネジメントやマーケティング戦略の「経営の分野」を専門家に任せることが最短で事業体をなすルートであると記しています。

メリットして、プロのノウハウを導入できること、離職によるナレッジ流出、診療への集中などを挙げています。

ただし、これは経営を丸投げできるという意味ではなく、経営の源泉となるビジョンづくりを行ったうえで任せていくということになるということです。

医経分離システムの作り方

著者は医経分離システムを実現するためのポイントとして以下の3本柱の部門を作ることを勧めています。

  • スタッフ教育などを行うマネジメント戦略部門
  • 集患や採用やブランディングを行うマーケティング戦略部門
  • 給与体系や職場環境や資金管理を行うファイナンシャル部門

農場スタイルのマネジメント

著者はマネジメントの大半は自分をマネジメントすることだと記しています。つまり、自分がどうありたいかというビジョンに集約され、それがスタッフや組織の判断や行動の指針になっていきます。

そして、経営者とスタッフとは仕事の心構えにおいてギャップがあることを理解した上でスタッフを教育、マネジメントする「農業スタイル」を勧めています。

「戦場スタイル」ではいわゆる偏差値至上主義的なところがあり「役に立たん」「使えない」「戦場では次はない」という考えですが、経営者とスタッフの間の経営の危機感の差は埋めたくても埋められないため、結局は殺伐としてしまい、スタッフも自分も疲れてしまうということです。

まとめと感想

大いに賛同できる内容と思いましたし、実践することで先生は気持ちよく医院経営を成功に持って行けるだろうなと思いました。

本書では開業を起業と考え、起業とは1人の先生が何をしたいのかというビジョンを形にしていくことであると示しています。そして、ビジョンを見える化することは、経営資源の適正な分配により経営の安定に繋がります。

また、医療経営において院長の悩みの多くは人に関することと思います。患者さんやスタッフは人です。世の中には多様なバックグラウンドや考えをもった人が居ます。院長の考え方がぴったりとはまる人ばかりではないのです。そして、薬に副作用があるように物事の側面は一長一短であり、その一長一短自体も人によっては入れ替わります。

このような人(患者さん)に対して人(スタッフ)が価値を提供する医療ビジネスでは、特定のファンを増やすことが重要になります。つまり100%の人が満足をするサービスを提供するのではなく、例えば20%の人に対してしっかりと満足してもらえるようなサービスにしようということです。そして、そのようなサービスの源泉は先生のビジョンに沿っていなくてはなりません。

現在のような超情報化社会においてはスマホ一つで自分の近隣のクリニックの情報はすぐに検索出来てしまいます。これは患者さんだけではなくスタッフ採用にも同じことが言えます。

「うちのビジョンはこうです」「ビジョンを理解した上で来院してください」「ビジョンを理解して仕事してください」ということをWEBなどを通ししっかりと発信し、ファンに来てもらい、ファンに仕事をしてもらうのです。これがブランディングの一歩となりライバルとの差別化に繋がっていくのだと思います。

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